谷川うさ子の「今日の一言」掲示板


この「谷川うさ子の今日の一言」と「掲示板」は、「ポルソナーレのカウンセリング・ゼミ」と、
そして、「現在の日本の社会情勢」についてインフォメーションするコーナーです。
みなさまの「社会性の知性の発達」(脳の発達)の道しるべとしてお役立てください。

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[3776] 読むだけで幸せになる手紙・日本人の認知症(痴呆症)の発症率は17パーセントの意味 谷川うさ子 - 最新投稿 谷川うさ子 2015/09/22(火)16:17
[3776-1] 読むだけで幸せになる手紙・日本人の認知症(痴呆症)の発症率は17パーセントの意味 谷川うさ子 2015/09/22(火)16:17
          日本人の認知症(痴呆症)の
       発症率は
       17パーセントだという推計が
       あるらしい。
       この発症率が多いか、
       少ないかはともかく、
       30パーセントにも満たない
       から「自分とは関係は
       ない」と思う人は多い
       だろう。
       だが、「認知症」(痴呆症)は
       「中核症状」と「周辺
       症状」がある。
       狭義の「認知症」
       (痴呆症)と広義の「認知症」
       (痴呆症)の二つに
       分かれるのだ。


 厚生労働省の発表では、この平成27年3月時で「要介護者」と認定された人は、600万人だという。
 この「600万人」の人は、必ずしも全員が認知症(痴呆症)ではない。医者らが診断する認知症(痴呆症)とは、「体験を忘れる」という中核症状のことであるからだ。
 「さっきの食事を忘れる」「身近な人の名前や顔を忘れる」といったことが中核症状だ。

 では、「600万人の要介護と認定された人」は、全く認知症(痴呆症)ではないのか。
 独力で社会的な人間関係を保てない、社会的に適応する会話とか日常生活を行ないえない、ということには、「認知症」(痴呆症)の中核症状の「体験を忘れる」ということは無いのか?

 認知症(痴呆症)には周辺症状というものがある。この周辺症状は非常にたくさんある。
 とてもひとくちには言えない種類と量だ。一例をあげると「自分の妄想を根拠にして身近な人を攻撃する」「じぶんは、被害にあっていると強迫的に思い込んで他者を疑う」「作り話をしゃべる」(思いつきをしゃべる作話症)、「同じことをくりかえし、くりかえしおこなわずにはいられない常同症」といったことだ。
 これらの周辺症状にも「体験を忘れる」ということがある。「体験」とは、社会の中にある共通の決まりごと、約束ごと、法則性のことだ。

 すると、認知症(痴呆症)には、広義と狭義の二つがあることが分かる。
 周辺症状は、かならずしも高齢でなくとも、若い年齢から起こる。
 それこそ、山ほどある。
 いろんな人が、人それぞれにいくつもの周辺症状を現わしている。
 痴呆症(認知症)は、周辺症状をぞくぞくと現わし、それが「行動の止まり」という身体症状を現わすと、中核症状の目、耳、手などの「感覚の知覚」に「忘れ」が突出して、「経験」(さっきの食事、身近な人の顔や名前)を「忘れる」に至る。

[3776-2] 谷川うさ子 2015/09/22(火)16:17
    なぜ、こういうことが起こるのか。
 脳の働き方(言葉の生成のメカニズム)の考察にもとづいて説明すると、始まりは「会話のときに相手の顔、目を見ない」ことにある。
 この「相手の顔、目を見ない」ということの中にいくつかの構造がある。
 その構造は人それぞれというもので、特徴がある。
 この特徴の一つ一つが周辺症状を現わす。

 およそ母親、父親から「顔も目も見て話してもらえなかった人」そして「おまえはダメな奴だ」という主旨のことを言われた人は、「過食症」や「拒食症」という周辺症状をあらわす。
 人間関係から遠ざかり、他者と仲良くするということのできない人の「相手の顔、目を見ない」でソッポを向いて話す人は、親しい人の一人一人とことごとく対立して、自分も否定する。
 そして「短期記憶」による「行動の止まり」を起こして自死願望を抱く。

 今、日本も世界も、要介護、認知症(痴呆症)をこんなふうに研究している人は誰もいない。
 誰もが「原因は分からない」としか言わない。
 「分からない」のは、考察しようとしない理由と目的があるからだ。
 しかし、ポルソナーレは対策の基本を教える。
 「会話のときは、相手の顔、目を見て話す。そして相手の話を聞く」。
 これである。

◎くわしくはポルソナーレのメルマガでもごらんいただけます。
http://www.porsonale.co.jp/magazine.htm
>> スレッド[3776]に返信

[3775] 日本人の認知症(痴呆症)のつくられ方と対策を教えます!! 谷川うさ子 - 最新投稿 谷川うさ子 2015/09/21(月)17:09
[3775-1] 日本人の認知症(痴呆症)のつくられ方と対策を教えます!! 谷川うさ子 2015/09/21(月)17:09
          第10ヵ月めの『谷川うさ子王国
       物語』(パート・Ⅳ)(実践
       実技・日本語講座、
       日めくり式プリント形式の
       テキスト)は、カリキュラムを
       変更して、日本人の
       認知症(痴呆症)の
       発生の原因と理由を
       説明します。
       そして、予防、改善の
       ための対策を教えます。


 ポルソナーレのカウンセリング・ゼミは、約40数年にわたって、人間の脳の働き方を研究して、心身の病気の改善や予防のために役に立つ対策を開発しています。
 ポルソナーレが研究している人間の脳の働き方とは、「人間は、どのように言葉を生成するのか?」についてです。
 そして、日本人の使う日本語は、脳の中でどのように働いているのか?についても解明しています。
 
 ポルソナーレは、「人間の脳の働き方」(言葉のつくられ方)をほぼ完全に解明しました。
 そこで、日本人の最大の問題である「要介護状態」「認知症」(痴呆症)の発生の機序(原因と理由からみたしくみ)の解明にとりくんでいます。
 
 このような研究と考察は、日本はもちろん世界のどこでもおこなわれていません。世界のどこでもおこなわれていないことの理由は、いろいろに推察されます。
 その最大の理由は、認知症(痴呆症)の原因や理由を研究しても、産業としての利益を追究するテーマにはなりえないからだと推測されます。少なくとも、目先の利益、巨大な資本を投下して大量の雇用を生み出すほどの中期の利益にはなりにくいと思われていることは確かです。
 それよりも、介護保険制度や薬を投与したり、あてどもなく薬の研究をつづけることの方が市場になりうると考えられていることはたしかです。

 しかし、だからといって、現在の医療制度や介護制度が、人間一般に対して悪意をもっているということではありません。経済や金融の動向によって、人間の脳の働き方が、人間のもつ「観念」とか「人間的意識」よりも、人間のもつ「自然性の領域」(生理的身体のことです)に大きくシフトして、「自然を優位に立てる」という思考の仕方が世界的な傾向になりました。そのけっか、人間の間に「心」「精神」といわれる領域に「病気」がものすごく大量に発生しました。
 これは、日本だけではなく世界的な傾向です。
 
 だから、「DSM・4」とか「DSM・5」といわれる診断マニュアルが広くいきわたり、「病気」に該当する「行動の止まり」の症状や社会問題は、全て、薬や施設、社会保障制度で自宅に閉じ込めて隔離されるようになったのです。
 こういう「病気」への対処の仕方を「疫学」(えきがく)といいます。

 日本と世界のこのような状況がつづく中で、ポルソナーレだけは、「人間の本質」の「観念」や「人間的意識」というものを対象にして、「病理」をふくめて社会問題を考察しつづけています。

[3775-2] 谷川うさ子 2015/09/21(月)17:09
    日本人にとって最大の問題は「要介護問題」「認知症の問題」(痴呆症)です。
 若い世代の半数以上の人は、「要介護」も「認知症」(痴呆症)も、「自分とは関係はない」と思っているようです。そういうアンケート調査があります。

 しかし、ポルソナーレの脳の働き方の考察からみると、「要介護状態」も「認知症」も、若い世代から起こっています。
 認知症の発症率は15パーセントであるということです。このときの「認知症」とは、「体験を忘れる」という中核症状をあらわす人のことをさしています。
 
 ところが、「認知症」(痴呆症)には「周辺症状」というものがあり「周辺症状」はものすごくたくさんあります。身体症状とか、妄想とか幻聴とか幻覚とか「行動障害」といわれるものです。
 この「周辺症状」がつづいて、ある日、パタッと行動が止まるときが「体験を忘れる」という中核症状の(認知症)になります。
 
 すると、認知症(痴呆症)は広義の認知症と狭義の認知症の二通りがあることが分かります。

 では、この「認知症」(痴呆症)の中核症状の「体験を忘れる」ということは何か?というと、ものごとの「客観」を「忘れる」という意味です。「客観とは何か?主観とは何か?」の説明は省略します。
 人間の脳には、「客観を憶える」「主観を憶える」という二つの領域があるということだけをご理解なさってください。

 日本人の場合は、この「客観」ということを学習しない(憶えない)ということをおこないます。
 それが「会話のときに人の顔、目を見ない」ということです。ふつうに考えてみるとよく分かりますが、人間は、ものごととかかわるときに、必ず「対象を見る」でしょう。
 自転車に乗るときは前方を見るでしょう。
 刃物を使うときは、その対象を見ます。
 しかし、ここでよく考えてみてほしいのですが、「ハシを使う」「ナイフを使う」「ハサミを使う」というとき、どういう使い方をしても行動は成立する、ということが起こります。

 たいてい機械や道具が代わりにおこなうことがあれば、正しい使い方などどうでもいいということが成立します。
 これと同じことが、「会話」の中でもおこなわれます。
 それが「相手の顔、目を見ない」という「話し方」「聞き方」です。
 「対象を見ない」ということが共通します。

 正しい関わり方で関わらないとき、会話の中では「客観」というものが学ばれない、学習されないということが起こります。
 
 「会話」の中でこれをおこなうと、広義の認知症の「周辺症状」がつくられるのです。
 「つくり話をする」「異常行動をする」(入浴しない、そうじをしない、片づけをしない、ゴミをためこむ、など)、が広義の認知症の「周辺症状」です。

 ポルソナーレの考察では、会話のときに「人の顔、目を見ないで話す、聞く」ということが、狭義の認知症の出発点であり、到達点です。

 ポルソナーレのこの考察にもとづき、対策を実行した人は、誰もが驚く効果をあげています。
 実行すると辛く感じる人もおおいとは思いますが、しかし、効果は明確です。ぜひ、お試しになってみてください。

◎くわしくはポルソナーレのメルマガでもごらんいただけます。
http://www.porsonale.co.jp/magazine.htm
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[3774] 読むだけで幸せになる手紙・日本人の認知症(痴呆症)は、「内扱い」の尊大(イバり)が原因である 谷川うさ子 - 最新投稿 谷川うさ子 2015/09/15(火)19:48
[3774-1] 読むだけで幸せになる手紙・日本人の認知症(痴呆症)は、「内扱い」の尊大(イバり)が原因である 谷川うさ子 2015/09/15(火)19:48
          報道によれば、政府は、
       認知症対策を強化
       するという。「新オレンジ
       プラン」というのらしい。
       認知症が疑われる人を
       MRI(磁気共鳴
       画像装置)を
       用いて診断し、早期の
       治療、介護に
       つなげるのが内容だ。
       国の医療費抑制が
       課題だというが、
       認知症(痴呆症)の
       改善には関心はない。
       そこで、ポルソナーレだけが
       正しい改善策を
       教える。


 仕事の中では、会議がある。
 仕事の打ち合わせとか、プロジェクトの説明だ。
 ここで、資料があっても、スクリーンなどで説明の図が表示されても、「せっせ、せっせとノートに聞きながら説明の言葉を書き取る」「せっせと、パソコンなどに聞いた言葉を入力する」ということをおこなう人がいる。
 これが「聞き書き」だ。
 結論をいうと、この「聞き書き」が、やがて「認知症」をつくる脳の働き方の原因になる。

 学校の授業も同じだ。
 学校の教室で、授業として教師が話すことを「せっせ、せっせとノートに聞き書き」をすると、一見、熱心に勉強しているようには見えるが、脳の働き方と言葉の本質から見ると、そういうことはない。

 ここでは、自分の目と耳の「感覚」が「知覚」した中の言葉を、「自分が選別したものを拾って書く」ということをおこなっている。
 「目で見る」(耳で聞くことも)ことの中身の「感覚の知覚」の「認知」ということが全く不問にされている。
 こういう聞き方(目で見る見方)のことを日本人は「内扱い」と呼んでいる。
 
 「内扱い」とは「貴様」(尊い方)をキサマ、オノレ、キッサマ、このヤツめ、ともともとの言葉の秩序をブチ壊すことだ。
 そして自分の欲と感情に一致する言葉に作り変えて、自分の行動を成り立たせることをいう。

 「キサマ!!」とののしり語として言い表すように、相手を支配する。尊大にふるまい、イバって、このイバりを仕事の中でも、社会でも適用させようとすることである。

 日本人の内扱いは、大正時代に増えて、昭和になって一般化し、戦争を起こし、日本の国を滅ぼしかけた。
 「内扱い」は、「御前」(神様の御前)を「オマエ」「テメエ」「テメエら」「オマエ、このやろう!」と言葉のもつ意味、文法上のルールを壊して喜ぶことをいう。
 内扱いは「親愛」のことだと思う人も多いが、本質は、「尊大にふるまい、人を脅し、自分の行動を押しつけること」である。

[3774-2] 谷川うさ子 2015/09/15(火)19:48
    だから、言葉の意味をいちいち辞書で調べることを「めんどうだ」と拒否して、「自分のカンで適当に言葉をつかう」ことを行動の旨とする。
 これが認知症(痴呆症)の本質の「体験を忘れる」ということの実体である。

 「入浴しない」「食事をしない」「ベッドから起きない」人の言葉は、それぞれ「尊大語」によって拒否されているだろう。
 交感神経が働かないと生化学物質のセロトニン、アセチルコリン、ヒスタミン、プロスタグランジンなどが、「行動の秩序」を壊す不快と喜びをつくるから「客観の秩序」を壊すことは、「内扱い」の本領をあらわす。

 政治家も医療関係者も、新聞などのメディアの人も、そして、介護関係者も、こんなことはとっくによく分かっていることなのだ。
 だから、MRIなどという自分の利益(欲)につながることを行動に現わし、支配につなげる。これも尊大(イバり)というものだ。今の日本人の多くはこんなふうな脳の働き方を共通のものにしている。

 「治したい」と思った人に、脳の働き方から見たアドバイスをおこなった。
 三ヵ月間ベッドから動かなかった人が、今では外出し、外食をして、銭湯にも行っている。
 正しくかかわれば認知症は回復するのだ。

◎くわしくはポルソナーレのメルマガでもごらんいただけます。
http://www.porsonale.co.jp/magazine.htm
>> スレッド[3774]に返信

[3773] 読むだけで幸せになる手紙・認知症(痴呆症)を予防、改善したいなら「聞き書き」を止めることだ 谷川うさ子 - 最新投稿 谷川うさ子 2015/09/15(火)13:58
[3773-1] 読むだけで幸せになる手紙・認知症(痴呆症)を予防、改善したいなら「聞き書き」を止めることだ 谷川うさ子 2015/09/15(火)13:57
          ポルソナーレは、日本人の
       認知症(痴呆症)の
       発生の機序(しくみ)の
       全解明と対策を
       きりひらいている。
       分かったことは、これまで
       誰もが全く理解しなかった
       ことだ。
       「知的」に仕事に取り組んで
       いる人の原因は、
       「聞き書き」だ。
       認知症(痴呆症)は、
       内扱いの「尊大」から
       始まる。


 ポルソナーレは、長い間、人間の脳の働き方を考察してきている。
 脳の働き方の基本は、「言葉」の生成のメカニズムのことだ。
 今の現代は、テクノロジーを使った「人工知能」の実用化と産業化が関心事だから、「人間の意識」とか「人間の行動」というものを正面から考えようという人は、どこにもいない。
 
 だが、人間の脳の働き方は、「人類」がつづくかぎり、人間にとっての本質である。
 「人工知能」がどれほど性能を高くしても、ここで得られる利益は、「人工知能」に関わり、所有し、利権をもつものだけに限られる。
 多くの人は「人工知能」の利用の代価を支払うだけの立場になる。
 ポルソナーレの考察では、「人工知能」とそのもともとのテクノロジーの通信技術は、通信速度に本質がある。画像や文字、文を画面(ディスプレー)に固定的に表示してみせつづけるというのがテクノロジーだ。

 人間の脳の「右脳」の『実像』(目の感覚と、この感覚の知覚を『認知』につくる視覚の領域)の自律神経の交感神経が働く層がある。ものごとの「客観」を「知覚」し、そして「認知」する。

 通信技術は、「見る人」がいればお金になるから、ありとあらゆる「情報」をディスプレーに表示させる。
 ウソも本当も、娯楽も犯罪も、病気も事実も、全てだ。
 問題は、画面(ディスプレー)に表示させて、「人間の目に見せる」ということにある。

 人間の脳につながる「目の働き」は、ものごとの現実や事実の中のルール、きまり、約束と、その「言葉」を見なくなる。テクノロジーにお任せして、与えられたものを受けとり(見ること、聞くこと)、与えられたとおりに「分かった」と思い「嬉しがり」、「人にしゃべり」、そして「行動する」。これを従属という。依存とは、隷属の言い換えでもある。

[3773-2] 谷川うさ子 2015/09/15(火)13:58
    ある女性の話だ。中学生の女の子がいる。この女性の子どもだ。
 母親である女性が、あれこれと生活のこととか人間関係のことを説明して、教える。しかし、中学生の女の子は、母親の言うことを聞かない。いちいち否定する。「ちがうよ」「まちがっているよ」と言い返すのだという。
 「なぜそんなことを言うの?」と問うと、「ツイッターで言っていたよ」。
 インターネットの「情報」が正しいのか?間違っているのか?が問題であるのではない。日常の中の人間関係や社会的な関係が壊れていることが問題になる。この中学生は母親に対して「尊大」にふるまい「イバり」、「見下し」ている。テクノロジーに依存している。すっかり従属している。

 人間の目と耳は別々の場所にあるが、脳の中では隣接していて、共時して働いている。
 「右脳・実像」(目の視覚の感覚と知覚の二つの働きをつくる)の中で、「客観の部位」をテクノロジーが占領すると、人間の「左脳の言語野」の「聴覚野」(左脳・側頭葉)もテクノロジーに占領される。

 すると、ごくふつうの言葉のもつ決まりごと、言葉で言い表すルール、言葉のもつ社会性が聞こえなくなる。
 完全に止まるのだ。
 社会生活、人間としての共同や共生の生活を生きていくことはむずかしくなる。
 駅のコンコースの人混みの中をスマホを持ち歩いて、見ながら歩くのを止めたくない人とは、そういう人のことだ。

 前置きのつもりの説明が長くなったが、ここからが本題だ。
 パソコン、スマホ、デバイスなどの画面(ディスプレー)への依存というテクノロジー依存と全く同じ脳の働き方をおこなうのが、仕事、学校の勉強の中の「聞き書き」である。
 「聞き書き」とは、説明する人の話を「せっせ、せっせとノートに書き取ること」だ。パソコンとかデバイスにせっせ、せっせと入力しつつ聞く人もいる。
 「ものを見る」という眼と自律神経の交感神経は働いていない。「ノート」「パソコン、デバイスの画面」だけを見る。
 「眼」は「副交感神経優位」になる。
 ここでは、眼の交感神経がつくるゲシュタルト形態原理の認知は止まる。
 「目で見る」という「感覚」のみが働いている。
 目の働きの「認知」という内容は、積極的に放置されて、拒否されている。

 日本語は、已然と未然にもとづいて文を構文とする。これは、「外扱い」「内扱い」をつくる。
 外扱いとは「貴様」「御前」を「尊い方」「神様の御前」と、共同の規範として扱い、言い表すことだ。
 内扱いとは、「貴様」をキサマ、このヤロウ、キサマ、ともともとの正しい秩序をガチャガチャに好きなように壊すことだ。
 「御前」をオメエ、オマエ、テメエ、オメエって奴、と同じように自分の欲にもとづいて適当に作り変える。
 この壊した意味のとおりに「言い表す」「行動する」ことだ。
 自分の好きなようにつくり変えて憶えて、これを言葉にして、行動にもあらわす。
 「行動」が成功することもある。試験に合格する、などだ。多少失敗しても仕事は成り立つ。
 すると管理職になることもある。内扱いの尊大でイバり、押しつけるから有能な管理職のようにも見える。

[3773-3] 谷川うさ子 2015/09/15(火)13:58
    認知症(痴呆症)とは「体験を忘れることだ」といわれている。「さっき食べた食事という経験も忘れる」。
 体験とは、他者と共通する行動のことだ。経験とは、身近な人と共有する秩序性のある行動のことだ。

 それは、「貴様」を「キサマ」と秩序破壊することがつくる「体験の忘れ」と同一である。
 「御前」を「オマエ」「オメエ」「テメエ」とののしり語に変えて、尊大にイバり、相手を支配する「内扱い」がつくる「体験の忘れ」と同じことである。

 この「内扱い」の尊大(イバり)がミスをつくり、仕事を失敗させ、損害をつくって責任をとらせられるか、責任におびえるときの行動が「認知症」(痴呆症)なのである。

 「聞き書き」を止めた人は、認知症状態から回復している。その効果は驚くべきものだ。

◎くわしくはポルソナーレのメルマガでもごらんいただけます。
http://www.porsonale.co.jp/magazine.htm
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[3772] ポルソナーレの9月1回目のカウンセリング・ゼミをご案内します。(平成27年9月11日、全日本カウンセラー協会・ポルソナーレ) 谷川うさ子 - 最新投稿 谷川うさ子 2015/09/11(金)14:25
[3772-1] ポルソナーレの9月1回目のカウンセリング・ゼミをご案内します。(平成27年9月11日、全日本カウンセラー協会・ポルソナーレ) 谷川うさ子 2015/09/11(金)14:25
    ポルソナーレの9月1回目のカウンセリング・ゼミの日程とおもな内容をご案内します。

       ポルソナーレのカウンセリング・ゼミは、
       日本人の共通の問題の要介護状態、
       認知症(痴呆症)に焦点を
       あてている。
       脳の働き方からみた発生の原因と
       対策を解明して、予防と改善に
       とりくんでいる。
       大きな原因は、人と話すときに
       「相手の顔も目も見ない」ことだ。
       これを止めることが対策の基本だ。
       もうひとつは、仕事、学校の中で、
       「聞き書き」を止めることだ。
       これをおこなうと非常な「尊大」の
       イバリに変わる。
       やがて、分裂病になる。
       ここから認知症(痴呆症)まで
       最短距離にある。

●「カウンセラー養成ゼミ」(9月12日、9月15日)

 日本人の認知症(痴呆症)は、人の目を見ない、人の顔を見ないことがきっかけである。
 脳の中の目の機能は「感覚」と「認知」の二つで二重になっている。このうち「感覚の知覚」のみが働いて、「目の知覚の認知」は止まっている。人の声、話は「右脳・聴覚野」が「虫の音」「風の音」「犬の鳴き声」のようにしか聞かない。
 するとどうなるか?白内障、緑内障、突発性難聴になるだろう。聞く相手がいない、ひとり言のようにしゃべる相手がいない。このときが要介護状態になるのだ。
 対策は、最小限、「相手の顔、目を見て話し、聞くこと」だ。

●「ゼミ・イメージ切り替え法」(9月12日)
 
 日本人の認知症(痴呆症)のつくられ方の全解明である。
 日本人は「内扱い」ということをおこなう。
 内扱いとは「貴様」(尊い方)を「キサマ」とののしり言葉に変えることだ。「御前」(神様の前)を「オマエ、テメエ」とイバリのののしり語に変えることだ。
 
 つまり内扱いとは、イバッて、社会の中とか家の中、人間関係を優位に仕切ることだ。
 だから、仕事の中、学校の中で「聞き書き」をする。自分が気に入ったものを書いて、自分がレクチュアした気になる。「人のものは自分のもの」というわけだ。ここではありとあらゆることを壊すからそれが喜びになる。

 ひとりでイバり、ひとりで尊大になるときが認知症(痴呆症)なのである。このタイプの人は要介護状態になっても尊大にしゃべっている。

 月35万円とか55万円とかの「介護費用」を恐怖と思えば、今からポルソナーレの教える対策を実行した方がいい。
>> スレッド[3772]に返信

[3771] 読むだけで幸せになる手紙・認知症状態の人を正常な状態にする話し方 谷川うさ子 - 最新投稿 谷川うさ子 2015/09/08(火)13:51
[3771-1] 読むだけで幸せになる手紙・認知症状態の人を正常な状態にする話し方 谷川うさ子 2015/09/08(火)13:51
          家の中で痴呆状態に
       なっていく人は多い。
       直接の理由やきっかけは
       その人それぞれの
       事情というものだ。
       だが、脳の働き方から
       みた真の原因は、
       家の中の人、介助者、
       ヘルパーなどが、その
       当事者の「顔」「目」を
       見ないで話すこと、
       にある。
       少しでも回復させようと
       いう慈悲があるの
       ならば、「顔」「目」を
       見て思いを語って
       みるのはどうか。


 わかりやすい事例をあげる。
 ある若い母親の話だ。
 「最近、4歳の男の子がわたしの言うことを聞きません。遊びのことで、こういうことをすると危ないのよ、してはいけません、と言うと、わざわざ危ないことをするんです」。

 そこで尋ねてみた。
 尋ねるとは、手がかりをつかんでものごとの道程を明らかにするということだ。
 「子どもに注意したり、説明するときに、子どもの顔と目を見ながら話していますか?」

 そういえば、とその母親は言う。子どもの顔も目も見ていません、と答えた。
 「わたし、笑い声を出しながら話すんです。なぜでしょうか?ぜんぜんおかしくもなんともないのに。昔からの癖なんです」。

 この女性の夫も子どもと話すときに、子どもの顔も目も見ない。
 「夫は、わたしと話すときにも、横を向いてしゃべるんです。
 変だなという思いはあるのですが、それがなぜよくないのかが、分からないままだったんです」。

 この女性に、子どもと話すときはかならず「顔」と「目」を見て、「笑い声を出さない」で話すことを実行してもらった。
 効果は一週間で現われた。
 「子どもは、泣く、叫ぶということをしなくなりました。危ないこととか、間違った行動などはしなくなりました。
 素直な聞きわけのいい子になりました」。
 夫も、ポルソナーレのアドバイスする「顔」と「目」を見ながら話すということを聞き入れているという。
 「わたしも、笑い声は出さずに、笑顔で話を聞いています。顔と目を見ながら聞くと、頭の中がすっきりします」。

[3771-2] 谷川うさ子 2015/09/08(火)13:51
    人間は、生まれてから1歳半くらいの年齢になると「指さし」ということをおこなう。
 まだ言葉を話せない1歳半のころに、遠くの物を見て、その物に向かって人指し指をピンと伸ばして指し示すのだ。そして親の顔をじっと見る。
 この「指さし現象」は、幼児教育の専門家の間でも謎とされている。しかし、おこなわれていることは分かる。
 「共同指示」といわれている。
 
 母親でも父親でもいいが子どものこの「指さし」に正しく反応する。
 「あれはスズメよ」。
 「あれは猫よ」。
 「あれは、電車だよ」。
 子どもは、言われた言葉を耳で聞き、そしてじっと見る。
 スズメ、猫、電車が見えなくなるまでじっと見ている。
 この「共同指示」は、やがて、子どもが、母親の見ている物に注目する、というように発達する。これは「共同注意」と呼ばれている。

 脳は、「言語野」と「感覚野」の二つでつくられている。
 「言語野」とは、左脳、右脳ともに「ブローカー言語野」だ。前頭葉にある。
 「感覚野」は「実像」といわれている部位だ。「実像」とは光学用語だ。「右脳」にある。前頭葉だ。

 「実像」とは、光学用語があらわすとおり、「目」の「感覚」と「知覚」がものごとの「認知」のために働くところである。
 「実像」は、「客観」「主観」の二つの働きをつくり出す。
 
 1歳半の幼児の「指さし」(共同指示)は、「実像」の「客観」をつくり出す脳の働き方である。
 哲学のげんみつさにもとづいていうと「指さし」は「感覚」による知覚である。
 「あれはスズメよ」。
 「あれは猫よ」。
 「あれは電車だよ」
という言葉は「実像」の中の「視覚の知覚の内容の認知」なのである。
 「目」の視覚は、「感覚」と「知覚」の二つで二重になっているということを説明している。

 母親が「子どもの顔も目も見ないで話す」というのは、子どもの脳の中で「目」(耳も)の「感覚」は働いても、「目」(耳も)の「知覚」と「認知」が働かなくなるということだ。
 ちょうど「厚いガラスの眼鏡」をかけた状態になる。物の形もしくみも、置かれている前後関係も全く分からなくなる。これが「知覚と認知の喪失」だ。
 子どもは不安いっぱいになるだろう。

 多くの日本人は、人と話すときに「相手の顔も目も見ない」という話し方をする。原因は、尊敬語や謙譲語(形)のルール、法則を知らないことにある。「人の話を笑い声を出しながら聞く」「人に笑い声を出しながらしゃべる」という女性は典型である。
 すると、母親から「顔も目も見ない」で話された子どもの脳の働き方と同じになる。

[3771-3] 谷川うさ子 2015/09/08(火)13:51
    家の中、もしくは、身近に「認知症」(痴呆症)と思われる人がいる人は、改善の仕方の対策として「顔、目」をしっかり見ながらくりかえし、くりかえし話すということを試みられよ。
 必ず、効果があらわれると信じてよい。

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[3770] 仕事の中で要介護、認知症(痴呆症)にもっとも近い人 谷川うさ子 - 最新投稿 谷川うさ子 2015/09/04(金)13:48
[3770-1] 仕事の中で要介護、認知症(痴呆症)にもっとも近い人 谷川うさ子 2015/09/04(金)13:48
          日本の企業の中で
       心の病で仕事を
       休んでいる人は10%だ。
       神経科に通って
       薬をもらって服用しながら
       仕事をしている人も多い。
       どういう人がこういう
       事態に陥るのか。
       上司の話、会議、
       打ち合わせの中で、
       「せっせとノートに聞き
       書きをする人」だ。
       パソコンやデバイスに
       入力しながら「聞く」
       という人は、明日にも
       休職するリスクを
       抱えている。


 仕事の中で「せっせ、せっせとノートに聞き書き」をする人は、目は、「ノート」を見ている。耳の聴覚は「右脳の聴覚野」しか働かない。人の話を聞くのは「左脳の聴覚野」だ。
 「せっせ、せっせとノートに聞き書きをする人」は、右脳の聴覚野で、話す人(上司、仕事の中の説明者、学校の教師など)の話す言葉を「虫の音」とか「風の音」のようにしか聞けない。
 
 「視覚」と「聴覚」は、脳の中で共時して働いている。
 ほとんど同時に、別々の場所でありながら連動しているように働いているということだ。

 「ノート」や「パソコン」、「デバイス」などを見ながら人の話を聞いている人は、「左脳」ではなくて「右脳」の聴覚野が働いている。

 「左脳」が言語野だ。
 「右脳」は言語野ではない。「右脳・聴覚野」は、人間の話す「言葉」は聞かない。
 
 「せっせとノートに書いているじゃないか。これは、説明している人の言葉を聞いて書いているのではないのか?だったら、人間の話す言葉を聞いていることになるのではないか?」と思う人は多いだろう。
 ところが、それが違うのだ。

 「右脳の聴覚野」の働きを説明する。 
 「視覚」は「ノート」を見ている。このときの視覚の神経経路は、後頭葉から「右脳の頭頂葉」に届く。感覚の働きを働かせるのだ。「見る」という「視覚」は「右脳・実像」の「視覚の見るという感覚」のみを働かせる。「見る」という「感覚」の中身の「知覚」(認知)には関与しない。この「見る」という「感覚の知覚」(認知)を働かせるのは、「左脳・頭頂葉」(左脳の視覚と聴覚)なのである。

[3770-2] 谷川うさ子 2015/09/04(金)13:48
    「せっせ、せっせとノートに聞き書きをする人」は、「右脳・聴覚野」「右脳・頭頂葉」しか働いていない。すると「右脳・実像」は「見る」という器官の「感覚」しか働いていない。だから「右脳・聴覚」は、説明する人の言葉の中で、「自分に分かる餞別した言葉」しか聞こえないし、聞けない。もっというと、自分の大脳辺縁系の中の扁桃核が「好き」と価値決定した言葉しか聞けないし、聞こえてこない。自分の「性の欲」に見合う言葉しか聞こえてこない。

 すると、「分かった」という気になるだろう。自分の欲求の感覚に見合った言葉を「ノート」に書くので、あたかも自分が「しゃべった感じ」になる。だから「分かった、分かった」と思うのだ。
 上司が「質問する」と「分かりません」と言う。
 「こういうことを説明したよね」と言うと、「憶えていません」と言う。
 
 「何か質問はありませんか?」と問うと、「質問はありません」と答える。
 これは、目、耳の感覚がつくる「知覚」という中身にかかわることは記憶されていないということだ。
 熱い、冷たい、重い、軽いといった「感覚」にかんすることだけが記憶されている。だから「説明の言葉」の発言なり、発語なりは知覚したが、その内容の「認知」のことは憶えられていないという脳の働き方がおこなわれている。

 こういう「見方」「聞き方」は「白内障」や「緑内障」をつくる。目の自律神経の交感神経が働いていないので血流障害が起こる。
 すると、「右耳」(左脳・聴覚野)が止まって、「突発性難聴」が起こることもある。
 
 この「白内障」「緑内障」の目の働き方の延長に「要介護状態」や「認知症」(痴呆症)がある。
 対策は、「仕事」(学校の授業も)の中で説明を聞くときに「せっせせっせとノートに聞き書きをする」ことを止めることだ。

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[3769] 読むだけで幸せになる手紙・要介護、認知症(痴呆症)に近づいている人の話し方 谷川うさ子 - 最新投稿 谷川うさ子 2015/09/04(金)10:52
[3769-1] 読むだけで幸せになる手紙・要介護、認知症(痴呆症)に近づいている人の話し方 谷川うさ子 2015/09/04(金)10:51
          NHK・TVの「NHK
       スペシャル」で「老後破産」
       「漂流する老人社会」が
       放映されていた。
       取材されていた老人、
       その子ども(40代、50代)の
       「話し方」に特徴がある。
       誰も気がつかず、
       問題にもしないが、
       「話し方」に「行動の
       止まり」があらわれている。


 要介護状態とは何か?というと、ひとくちにいえば「行動の止まり」だ。
 NHK・TVの「NHKスペシャル」の「老後破産」「漂流する老人社会」の番組を観るとそれがよく分かる。

 日本はもちろん、世界のどこでも「人間の脳の働き方」(言葉の生成のしくみのこと)を研究したり、考察する人は一人もいない。
 ポルソナーレだけが40数年間、とりくんでいる。
 吉本隆明の「個体・家族・共同性としての人間」(『情況への発言』徳間書店)やハンナ・アーレントの『人間の条件』(ちくま学芸文庫)の哲学の考察を継承して追究しているのだ。

 演繹による証明と証拠をあげて全解明したのが「人間の認知症(痴呆症)はなぜ起こるのか?」の原因と理由である。
 くわしい説明は、ポルソナーレのカウンセリング・ゼミを系統立てて学習してもらうことが可能だ。

 結論は、要介護、認知症(痴呆症)の原因は、アルツハイマー病とか脳血管性の痴呆といわれているが、この考え方は誤りだ。
 原因は、「なぜアルツハイマー病になるのか?」「なぜ、脳血管性の痴呆になるのか?」にある。
 その原因は「分からない」といわれている。

 ポルソナーレは、要介護、認知症(痴呆症)の発生の機序(しくみ)を全解明した。
 「人の話を聞くときに、相手の顔も目も見ない」「人と話すときに相手の顔、目を見ないでしゃべる」ということが原因の一つだ。

 あなたは、台所で野菜をほうちょうで切るとき、切る対象の野菜を目で見るだろう。下を向くとか、ソッポを向くとか、天井を見ながら切ることはしないだろう。

 「話すときに相手の顔を見ない、相手の話すことを顔を見て聞く、目を見て聞く」ということをしない人はものすごく多い。これが異様だとか、異常だとかは誰も思わない。この「思わない」ということが日本人に共通する脳の働き方の異常なのである。
 この脳の働き方が要介護、認知症(痴呆症)をつくる原因なのである。

[3769-2] 谷川うさ子 2015/09/04(金)10:52
    相手の顔、目を見ないでしゃべることは、「ひとり言」なのだ。会話というものではない。コミュニケーションといったものではない。
 本人も、会話をしているという自覚はない。相手も自分も、ぺちゃくちゃと「ひとり言」を自分勝手に、しゃべる。自分の話を聞いてもらっていると思っている。
 なぜ、こういう不思議なことがおこなわれているのか。

 NHK・TVの「NHKスペシャル」「漂流する老人社会」「老後破産」の話にもどると、「人間の脳」の中につくられている「共同体」とか「共生」という構造を壊して、ドーパミンを分泌するという「脳の快感原則」が目的になっている。

 「NHKスペシャル」の中の親も子も、自分の脳の中の「共同体」「共生」というしくみを壊しているから「人に助けを求めない」「他者にアドバイスなり支援を求めない」で、行動が止まるままのなりゆきに身を任せている。

 「要介護状態」も「認知症」(痴呆症)も、脳の働き方からみると「行動の止まり」が本質である。
 対策は「会話のときは、相手の顔を見る、相手の目を見る」そして、「話せ」「聞け」である。

 とくに「老人と話す」「子どもと話す」「心身の不調の人と話す」という時は、「顔」「目」を見て話す、相手の話を聞くと、健康状態が改善する。
 辛くても、きつくても、しばらくガマンして実行すると効果が実感できる。子どもも老人も、心の病の人も、元気で明るくなるのがよく見てとれるはずだ。

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[3768] 読むだけで幸せになる手紙・認知症(痴呆症)にいちばん近い「話し方」 谷川うさ子 - 最新投稿 谷川うさ子 2015/08/31(月)15:15
[3768-1] 読むだけで幸せになる手紙・認知症(痴呆症)にいちばん近い「話し方」 谷川うさ子 2015/08/31(月)15:14
          日本人の認知症(痴呆症)は、
       会話の仕方に
       原因と理由がある。
       認知症(痴呆症)に
       いちばん近いところに
       いるのが「相手を
       攻撃する話し方」
       をする人だ。
       相手に非があるのではない。
       だから攻撃するのだ。


 「日本人のおおくの人は、会話のときに相手の顔を見ない、目を見ない」、ソッポを向いてしゃべる、下を向いて相手の話を聞く、がよく見られる対人意識だ。

 こんなふうにいうと、「いや、わたしの場合は違う。ちゃんと相手の顔も目も見ながら話をしている、相手の話も顔や目を見ながら聞いている」と言う人がいるだろう。
 
 どういう人だろうか?
 たとえば、会社の中の管理職の人だ。
 そして、家族や恋人、子どもなど、自分の話をいつでもどこでも聞いてくれる人にむかってしゃべる人だ。

 わかりやすい事例がある。
 ある大きな会社の中間管理職のケースだ。組織だから業務にかかわるルーティーンの約束ごとがある。ルーティーンとは、組織で流れ作業のように役割と分担を決めて業務をおこなうことだ。
 中間管理職は働いている人の仕事ぶりを見ている。
 見ながら、心の中で考えている。「電話が鳴っているのに出るのが遅いな」「仕事のしめきりに遅れているな」「ノルマの達成に届かない人がいるな」…。
 頭の中には「早く電話に出ろ!リンと鳴ったら三回以内に電話機を取れ」という自分の言葉がいつも思い浮んでいる。「リンリンリン、リーン」という電話の呼び出し音が、いつも思い浮んでいる。

 実際に電話の呼び出し音が鳴るとどうなるのか。
 この中間管理職は一回目のリン!!の音でビクッと緊張する。ノルアドレナリンが分泌する。大脳辺縁系の中枢神経の扁桃核にノルアドレナリン(猛毒のホルモン)が分泌して「敵!」「嫌い!」という感情のイメージの中に「早く電話に出ろ!!」を意味する言葉のイメージのとおりの人物が巨大に思い浮ぶ。

 ここで立ち上がる。
 「山田!お前、どうして電話に出ないの?早く出ろ!」
 「みんな!リンが鳴っているじゃないか!三回以内に出ろ!!もう10回以上も鳴っているぞ。三回以上、リンと鳴らすな!」
 この中間管理職はじぶんの頭の中でいつも鳴り響いているリン!リン!リン!を消すために、部下や電話の近くの山田さん、小川さん、山口さんに話す。
 このときは、「相手の顔、目を見ている」、そして「話している」、はいとかスミマセンとかいう相手の言葉を聞く。

[3768-2] 谷川うさ子 2015/08/31(月)15:15
    ここで中間管理職は、自分の頭の中に思い浮びつづけている感情や人間関係の「欲求」のイメージと言葉を、相手に向かって話している。
 相手の話す言い訳や事情の説明の言葉は、耳に入ってきてもパッ、パッ、パパッと次々に消えていく。

 聞いている相手が辛そうな表情をするのを見る。この中間管理職は気が晴れる。「言ってやった」と胸のつかえがとれる。頭の中のリン!!リン!!リン!!の電話の呼び出し音も消えて聞こえない。
 
 仕事の中には正常な言葉というものがある。リーダーシップとか、マネジメントとかいわれる。あるいは、販売計画とその目標、その手段といったことだ。この中間管理職は、自分の無知の中でこのような社会性(合理性)を壊したことに気がつかない。
 「言ってやった」という話し方のことだ。
 目は「相手の顔、目」を見ているだろう。しかし、「心的な目」は「頭の中のリン!! リン!!リン!!の音、早く電話に出ろ、三回以内に出ろ!という自分の感情の言葉」に向いている。

 人間の世界には、どこにも、共同体とか共生をつくる「行動秩序」がある。
 人間の脳がつくり出している。
 会社、組織の中にもこの「行動秩序」はある。
 倫理、モラルという。

 「話している相手」が辛そうな表情をする、不快で嫌そうな顔になると、この中間管理職はなぜ、喜びを感じるのか。
 暗い喜びに心を震わせるのか。
 自分の脳の中に恒常的に表象している「行動の秩序」がつくっている共同体や共生が音を立てて壊れるからだ。
 誰にも覚えがあるものだ。

 ムシャクシャするときに皿を割るイメージを思い浮べて、実際に皿を投げてガチャンと割って胸がスカッとしたという経験はないか。
 皿を割るイメージをバッド・イメージという。皿を投げてガチャンと割れるのを見る。音を聴いてまっ黒な喜びを感じるのを美化の妄想という。
 これが分裂病(統合失調症)の脳の働き方のメカニズムなのだ。

 日本語は已然(いぜん)、未然(みぜん)という言葉の形式で成り立っているということを知っているだろうか。脳の働き方からみると、大脳辺縁系の視床下部がつくり出す「食べる欲」と「性の欲」にもとづいて話す、聞くという表現のしくみだ。
 「自分にとって」と食の欲か性の欲を動機と言葉にするのが已然(いぜん)、未然(みぜん)である。
 
 この日本人のあからさまなものの言い方を防ぐのが日本語の尊敬語や謙譲語(形)だ。「外扱い」という。これは相手の顔、目をまっすぐに見てしゃべる。
 背すじを伸ばし、姿勢もまっすぐにして話す。
 この真逆の、正反対の話し方が「内扱い」だ。「うちの猫」「うちの会社」「うちは…」の「うち」だ。
 この「うち」は「自分の欲、感情にとって」のことだ。人間関係の中で「内扱い」をすると「反倫理」「反社会」(共同体、共生の否定)のものの考え方に変わる。

 なぜ脳の中でこういうことが起こるのか?くわしい説明は省略する。
 目的についてだけをいうと、大脳辺縁系の中隔核(トカゲの脳・目先の快感をつくるドーパミンを分泌させる)から脳内最強の快感をつくることを目的にしている。
 トカゲの脳のつくるドーパミンは「幸福のボタン押し」という。常同症をつくる。麻薬やアルコールの依存症と同じ性質の依存症が脳の働き方になる。

 「相手の顔、目」を見ながら、相手が苦痛に感じる話題を話しつづけるのが分裂病(統合失調症)である。
 相手は、打ちのめされて不快に思う。だからいなくなる。
 アガサ・クリスティの小説に『そして、誰もいなくなった』がある。
 分裂病の話し方、聞き方と同じだ。「そして誰もいなくなった」時が認知症(痴呆症)なのだ。

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[3767] 読むだけで幸せになる手紙・認知症(痴呆症)を防ぐには鬱病を治すことだ 谷川うさ子 - 最新投稿 谷川うさ子 2015/08/31(月)13:49
[3767-1] 読むだけで幸せになる手紙・認知症(痴呆症)を防ぐには鬱病を治すことだ 谷川うさ子 2015/08/31(月)13:49
          脳の働き方から見た
       「鬱病」(憂鬱も)
       がある。
       仕事、学校の勉強、
       伝達や説明の中で
       「せっせ、せっせとノートに
       聞き書き」をする
       ことだ。
       資料、参考書の
       丸写し(コピペ)も
       鬱病の脳の
       働き方になる。
       左脳の頭頂葉が止まって、
       全ての行動が止まるのだ。


 認知症(痴呆症)とは、簡単にいうと生活、人間関係のことの全ての行動がストップして全く動かなくなることだ。
 脳の働き方のメカニズムからみると、「左脳・頭頂葉」が止まっている。

 「左脳・頭頂葉」が止まると、論理という秩序にもとづく行動ができない。
 働いているのは「右脳・頭頂葉」の「感覚」とその「知覚」だけだ。
 「感覚」とは目、耳、手(指)、舌、鼻の五感覚のことだ。
 「感覚」の「知覚」とは、「見た」「聞いた」「触った」「味わった」「香りをかいだ」という認知のことだ。

 「見たものの内容はどうなっているの?」「聞いたものの内容はどうなっているの?」という問いには答えられない。「左脳・頭頂葉」のもつ、「距離」「角度」「方向」ということにかんする記号性を分かる認識の機能がないからだ。

 「行動」のためには「左脳・頭頂葉」が働かなくてはならない。
 しかし、日本人の使う日本語の已然(いぜん)と未然(みぜん)は、「自分自身にとって」(自分の食欲、性欲にとって。動機のこと)をあらわすだけの構文になっている。
 だから「左脳・聴覚野」ではなくて、「右脳・聴覚野」が中心に働いている。
 
 「右脳・聴覚野」は「右脳・頭頂葉」しか働かせない。すると「目で見たもの」「耳で聞いたもの」は「たしかに見た」「たしかに聞いた」ことは認知できても「原因、理由、根拠」にかかわることは認識できない。ただ、言われたことをせっせと行なうことだけはできる。

 「ああしろ」「こうしろ」と、ひとつひとつ指示して命じる人、説明してくれる人、あるいはパソコンでもスマホでもいいが指示の言葉があれば、「感覚」の「知覚と認知」は働く。
 しかし、ものごとの中味とか仕組みの秩序や言葉は憶えられない。
 いつでも行動が止まるし、いつでも行動が止まっているも同然なのだ。
 「仕事の中で人から命じられた言葉を聞き書きする人」「学校の授業で、せっせと聞き書きをする人」が、「左脳・頭頂葉」が止まっている人だ。「自分が聞いたこと」「自分が見たこと」「自分が経験した行為」をあるがままに、事実にもとづいて言葉で言えない。
 説明できない。
 このタイプの人が鬱病なのだ。
 「行動の止まり」のことが、あれも、これもと増えるにつれて鬱病になる。
 社会的に行動を止められるときに「認知症」(痴呆症)になる。
 改善策は、「ノートへの聞き書き」を止めることから、なのだ。

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[2026/02/18 22:35] 谷川うさ子の「今日の一言」掲示板 管理人 谷川うさ子