[3665-2] 谷川うさ子 2015/02/24(火)13:34 修正時間切れ
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●心と気持ちが遠くに感じるとき
姉の顔と目が見れなくなったのは、月明りの夜道では手をつないでいてくれたのに、握っていた手がすっと離れたからです。暖かくしてやわらかい姉の右手が、わたしの左手から離れました。 姉は、すっと一歩ほど先を歩きます。わたしの手はまだ早い春の夜風に吹かれて冷たくなりました。 今も、おねえさんって呼んでいいのかな?もちろんいいに決まっています。でも、おねえさん、手をつないで、と言えませんでした。言えばよかったのに。そうすれば、優しい姉だから、ごめんね、おうちまで仲よく手をつないで歩こうね。桜、とってもきれいだったよね、と言ってくれたにちがいありませんよね。 姉の顔を見て、桜、きれいだったねーと言えなかったから姉の目が見れなくなったのでしょうか。
●目と顔が見れなくなるのはなぜ?
義父は、頭がよくて、みんなのことを考えるいい人です。地域の選手にも立候補します。 残念なことにまだ一度も当選したことがありません。自分と意見の違う人と話をすると、目の色が変わって、つよい口調で言い負かそうとします。賛成してくれる人が増えなかったのでしょう。 わたしにも、きつい言い方をします。 「お前は、出て行った鬼のような母親の子だ。やること、なすこと、そっくりだ」 わたしは、義父の顔も目も見れません。 遠くから耳に聞こえてくる父親の言葉はほめ言葉に聞こえました。 わたし、お母さんの子どもだ。お母さんによく似ているって。 嬉しいなあ。やること、なすことお母さんにそっくりだって。ほんとに?いつの間にか同じになったんだろう。 お母さんによく似てますねえと言われて、嬉しくない女の子っていませんよね。 父には、実の娘が二人います。長女は司法試験に合格して、東京で法律関係のお仕事をしています。毎月、お金を父親に仕送りしてくれています。時々、実家に帰ってきます。 中学生になったわたしは、お母さん似なので、食事の仕度も手伝います。次女は近くの会社に勤めているので忙しいのです。お母さん似らしくわたしは、ほとんど毎日、食事の支度をします。 「出ていったお母さんとそっくりだ」とまたホメてくれるかなあ。 長姉が帰省した時は、三つ葉とか若々しい野菜の葉とか、香りのいい葉や芽をたくさん採ってきて、レシピの本を見ながら調理をします。 長姉は、「これ、おいしい」「この味、ステキ」と喜んで食べてくれます。 おいしいねと言う相手は次女です。私は、台所でくだものを切ったり、紅茶を入れたり、手作りのデザートを作って、そっと運んでいきます。 長姉は、やっぱり次姉に、「おいしいよ」と言います。次姉も、義父も嬉しそうです。みんなが幸せそうです。 「こんなにおいしくて、帰ってきてよかった」 「よかった、よかった。またリフレッシュに帰っておいで」。 わたしは、隣の部屋でひとりで、よかった、よかったと心の中で言います。 誰の目も見れないのでひとりで、遠くの人の話すことを聞いています。わたしには、ますますお母さんに似てくるねえという絶賛の言葉に聞こえます。 お母さん、ありがとうと心の中でつぶやきます。 お母さんの顔が思い浮んで涙が出てきます。お母さんからもホメてほしいなと思います。いつか、きっといつの日か。 |
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