| [4858-1] スマホ、パソコン、デバイス端末を「見ること」が高齢者によく見られる痴呆の脳の働き方に変える証拠を教えます! 谷川うさ子 2018/02/28(水)14:15   修正時間切れ 
 
        
          |  | 人間がものを「見る」のは 自律神経の働きによる。
 イギリスの哲学者
 ジョン・ロックの
 説明によると、
 「見る」ことは「行動」と
 「静止」をしくみとする。
 スマホ、パソコンの
 画面は「静止」が働く。
 ここから脳の中は
 幻聴と幻覚
 だけになる。
 ネット依存とは、
 聴覚の「静止」が
 つくる幻聴と
 幻覚のとおりにしゃべり、
 行動することをいう。
 
 ●スマホ、パソコンの画面を見ると痴呆症になる
 
 スマホ、パソコン、デバイス端末の画面を見ると、ほとんどの日本人は、たった1日で、脳の中に病的な異常がつくられる。
 その病的な異常とは、高齢者によく見られる痴呆症と同じで、何も変わることはないものだ。
 
 しかし、現実の社会では、どこもかしこも「スマホ見ながら」「スマホを手に持ち、少しの時間も手離さない」という光景があふれかえっている。
 このような状況の中で、「スマホ、パソコン、デバイス端末の画面を見ることは、自らを、あるいは自分の子どもを、痴呆に傾斜させる」といっても、誰も受け付けないだろう。
 この文章をスマホ、パソコンの画面で「見て」、「読む人」は、おそらく嫌いな毛虫か、ゴキブリか、台所を走り回るネズミでも見ている気分になるのではないか。
 もしくは、息苦しさを感じる前に目をそらし、文字や文の説明することが雑音に変わり、散乱しているおもちゃの積み木のようにしか見えなくなる。
 それが、スマホ、パソコンの画面を見ることがつくる異常の現象である。
 
 ●日本人はもともと動詞文で脳の働きの異常を抱えていた
 
 ポルソナーレのカウンセリング(指示性のカウンセリング)の現場をとおしての考察では、もともと日本人は、日本語が「動詞文」であることが理由で、対人恐怖症や強迫神経症という病理を仏にしていた。いったん社会的な行動が止まると、一個の人間として社会的に自立するということは、あってもきわめて非常に少ない。
 脚本家の倉本聰が日刊ゲンダイで碓井広義(ひろよし)との対談の中で、次のような主旨のことをのべている。
 (平成30年2月24日)
 
 「母親が躁とうつの状態になった。どちらの状態のときも、脚本を書く仕事が辛くてとてもきつかった。母親のことが気になって集中できない。そこで鉄格子のある精神科病院に入れた。少し落ちついたら家につれて帰った。
 病院に入れて母親から逃げた」。
 
 「ある日、車に乗せて病院に連れていく中で、母親が私に言った。
 
 私、ほんとに生きていていいの?
 
 母親のこの言葉がとてもショックだった」。
 
 スマホ、パソコンを、小学生の子どもが持つようになる以前は、倉本聰と母親の関係に見る葛藤が普通だった。
 倉本聰は母親を殺して安楽死させようとも考えたと言っている。
 碓井広義は、これを聞いて「そんな、逃げただなんて……」と絶句している。
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