[3687-2] 谷川うさ子 2015/04/07(火)10:54 修正時間切れ
 |
ポルソナーレのカウンセリングです。 ハンナ・アーレントの『人間の条件』(ちくま学芸文庫、ポルソナーレの特設ゼミの『谷川うさ子哲学入門』のテクストをご参照ください)とか、吉本隆明さんの「個体・家族・共同性としての人間」(『情況への発言』徳間書店)の哲学を勉強した人にはよく理解できることですが、人間の脳には、強固で強力な共同体、共生の記憶がつくられています。 現実のものごとのどんなことも、哲学の知性を判断の基準にすると、真か偽(ぎ)か?の区別がつきます。
0歳8ヵ月までに完成される乳・幼児の脳の中の驚異の共同体、共生の記憶が壊れないかぎり、人間は、つねに正常な知性や精神、心を志向して生きようとします。
ご紹介した物語の赤井月三田子さん(仮名・25歳)は、父親が精神分裂病でも、社会的な行動力は身につけています。脳の中の共同体、共生のメカニズムの効果であるとは、誰も気づかないでしょう。女性の脳の働きのしくみの認識力が行動する力を手に入れています。 不足しているのは、日本語のもつ言葉の曖昧さを正しく共同体、共生に見合わせることです。 女性なら誰でも、洋服を買うとき、自分の体のサイズに合わせますね。 そんなふうに合わせると躁も欝も正しく回復の道をたどるのです。
わたしは、ポルソナーレから、人間関係に自信がつくアドバイスをいただきました。 それは、「人は人」「言葉は言葉」という分け方をする、ということです。 家に帰って、父親の話を聞いてみました。 「人が自分をどう思っているのか分からない」と言います。 わたしは父親の言葉を自分にむすびつけていました。 「人が」は、「わたし、赤井月三田子が」と短絡させていたことに気づきました。 わたしは、父親がひとり言を言っていたので、自分から話しかけてもいいのやら、どうなのやら、と分からなかっただけなのです。 「わたし、お父さんのこといつも心配していました」と言いました。 「そうだったんですよ」 母親も言いました。 「そうだったのか!」 父親は、わたしと母親の気持ちの輪の中に入って、温泉に肩まで浸かったような晴々とした表情になりました。 その日は、夜の空の月はレモン色に輝いて、しゃぼん玉のように浮んでいました。 |
|