[3672-2] 谷川うさ子 2015/03/09(月)13:25 修正時間切れ
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始まりは中学2年生のころでした。気がつかなかったのですが、わたしは、友だちと話をするとひきつった笑いをするようになっていました。 仲のいい友だちが話していました。 「あの人、変な笑い方、するよね。あの笑いを見るとギョッとするね」。 亡くなった人はお棺に入れられます。葬るためです。 ひつぎのことです。 お別れの言葉を言うためにひつぎのフタを開けて亡くなった人の顔を見ると、永遠に眠っているはずの顔が、ぱっと目を開けてにやーっと笑ったと同じ笑い方だというのです。 中学2年生の頃の女の子のとっさの一言だったとしても、わたしは、「わたしの笑い顔は醜くひきつっているんだ」と思いこんでしまいました。
わたしはもともと人にたいして自信がありません。 話すことに自信をもてないのです。目の前の人に「自分はどう見られているのだろう?」と気になります。ヨソ者扱いをされている気になります。自分の心の中に圧力を感じると、わたしは人の真似をします。話し方とか、表情とか。 そんな演技は疲れるので長くつづきません。 本当の自分を出せば嫌われそうだし、どうやって出していいのかもわかりません。 このことはほとんど知られていませんが、日本人の使う日本語は、五感覚とむすびついて言い表わされています。 言葉の能力というときは聴覚にむすびつくと知的な言葉の能力に変わります。 お手紙の女性は、三月野桜子さん(21歳・仮名)です。 この聴覚を中心に言葉の法則を学ぶということがなかったのです。学校の勉強の成績はよかったのですが、それは丸暗記によるものでした。 言葉の意味とか、言葉によって法則を学ぶことがなかったので、ものごとと関わる正しい行動の仕方を認知できなかったのです。 すると、丸暗記と同じように行動も触覚中心となります。自分の皮膚感覚によって快感に思えるイメージがいつも思い浮ぶと、人間関係もふくめて、全ての現実は初めて出会った見知らぬ他者のように見えるし、聞こえるのです。
わたしには、お付き合いをしている彼がいます。この彼には、何でも話せます。 彼は、話すことをどんなことでも聞いてくれるのです。顔のひきつりのことも話しました。 「あなたは目がきれいだ」と言います。 「天使のような目をしている」とも。 天使って見たことないくせにと、とっさの一言は言いません。 「名詞の言葉を憶えればいい」と言います。 彼が、百科事典でいろいろの言葉とその中身を声に出して読むのを聞きました。聴覚中心にイメージが浮ぶと、不思議なことにひきつりのない自然な笑顔になったのです。 |
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